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父の友エッセイ―[1]
福音館書店の月刊誌「母の友」に3回にわたって書いた父の友エッセイですが、
編集部の方に相談したところ、このいわいさんちwebへの転載を
快諾していただけました。
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最初、編集部の方から短期連載のお話をいただいたとき、すぐに
わが家での僕とロカちゃんとの遊びのことを書きたいな、とは思ったのですが、
同時に、文章だけで伝わるのだろうか?という不安もありました。

僕の本『いわいさんちへようこそ!』では写真をふんだんに使ったので
ビジュアルの手助けなしで、その楽しさを伝えるのは
難しいだろうと思ったのです。

ところが、実際に書き出してみると、文章量が結構あるおかげで
ロカちゃんとの会話や、遊びのアイデアの移り変わりなどを克明に書け、
その分、臨場感を持って伝えられるかも、と思いはじめました。
文字だけのほうが、逆に想像しながら読んでいただく楽しさもあるかもしれません。

ということで、まずは第一回『即興物語にはまる』をお楽しみください。



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父の友エッセイ―[1]

即興物語にはまる

岩井俊雄 

 僕は絵本の読み聞かせが苦手です。
 絵本そのものが苦手、というわけではありません。むしろ絵本は大好きで、子供が生まれる前からよく買っていました。眼を楽しませてくれるものは何でも好き、ということもありますが、絵本には、マンガやアニメとは違って、一枚一枚の絵と言葉をじっくり楽しみながら、それでいてページをめくるたびに展開していく独特の表現があります。他のメディアと違って時間の流れがゆったりとしていること、機械まかせではなく、親が読んであげることで子供の頭の中にじわじわと空想が広がっていく、その人と人との関係も、ものすごくいいなあと思います。
 でも、わが家に一人娘、ロカちゃんが生まれて、さあ絵本を読んであげよう、と始めてみたら、いまひとつ読み聞かせに乗れない自分に気がつきました。
 読むのはうまいほうだと思っています。登場人物それぞれに声色を使い、臨場感たっぷりに演技するので、ロカちゃんは喜んで聴いてくれます。でも、最初の一回はともかく、もう一回読んで! とせがまれて、くりかえし読みはじめると、今度は僕のほうが途中で飽きてあくびがでたりしてしまうのです。それに一生懸命読んでいる間、こちらは文字やせりふを追うのに精一杯で、ほとんど話を楽しめません。仕方ないので、あとでこっそり一人で読んで、ああこういう話だったか、と納得する始末。どうも、僕は飽きっぽく、我慢が足りない性格のせいか、人の作った絵本をそのまま読み聞かせることに向いていないみたいです。自分の娘とは言え、子供のために奉仕するのはいやだな、とか考えてしまうんですね。どうせなら自分も楽しみたいのです。
 とはいっても、ロカちゃんは毎日のように絵本を持って読んで読んで、とやってきます。さあ、どうしよう? あるときふと、まだロカちゃんが文字が読めないのをいいことに、同じ絵本を使って、今度は違うお話で読んであげるよ、とその場で話を適当に作って読みかえてみました。すると、ロカちゃんの喜ぶこと! 今までに何度も読んでもらった絵本が、絵はそのままに急に違った話になったことが面白かったのでしょう。絵本の作者には申し訳ないのですが、シリアスなお話に笑える要素を入れてみたり、シュールでめちゃくちゃな話に変えてみたり、いつのまにか僕自身も、次の展開を即興で考えるのが面白くて、ロカちゃんと大笑いしながら、夢中になって話していました。そのうち、さらにエスカレートして、じゃ今度はさかさまから読むからね、と絵本の最後から逆にページをめくりながら、お話をでっちあげてみたりもしました。さすがにこれは難しかったのですが、読むほうにとっては、とても緊張感があって、あくびなどしているヒマはまったくありません。
 そんなことをやっていると、そのうちロカちゃんのほうも、新しい絵本を読んだあとに、「じゃあパパ、今度は違うお話で読んでね!」とリクエストしてくるようになりました。一つの絵本が固定されたものではない、という認識を彼女は持ってしまったようです。
 僕自身、お話を作ること、物語ることにはずっと苦手意識を持っていました。でも、ロカちゃん相手にこんな遊びをしているうちに、子供を喜ばせるお話づくりのコツみたいなものがだんだんとわかってきました。
 あと、わが家ではしばらく前にボール紙で動物などの身体のパーツを作って、関節を割りピンでつないで作る「リベットくん」という紙人形づくりが流行ったことがあるのですが、その時にも、その「リベットくん」を手に遊んでいると、自然にお話が生まれてくるのを体験したことがありました。
 よく考えると、「物語」というものは最初から世の中に存在するものではありません。人と人が出会い、違う性格がぶつかり合った時にそこから物語が生まれます。人形もそれぞれに違った性格が想像できさえすれば、あとはその人形同士が出会ったらどんなことを相手に言うかな? と考えたとたんに自然と会話が生まれ、お話が進んでいきます。その昔、著名な漫画家がインタビューで、マンガの登場人物が勝手にストーリーを進めていく、と語っていて、そんなことがあるのか、と不思議に思ったことがありますが、まさにそんな気分を子供との遊びの中で初めて体験したのでした。
 即興でのお話作りに慣れてくると、だんだん絵本や人形などがなくても、想像の世界だけでロカちゃんと遊べるようになってきます。特にお風呂の中などで「パパお話して!」と言われたりすると、何も道具がないのでこちらも空想だけで勝負するしかありません。それでも、ゼロから考え出すのは大変なので、そんな時は、桃太郎や浦島太郎などの昔話をもじってみます。元の話になかった要素を入れると、そこから予想外の展開が自然と生まれてくるのです。子供も元の話を知っているので、その分、お話の新しい展開や落差に喜んだり笑ったりしてくれます。
 一度、お風呂に二人で入りながら、浦島太郎の話をベースに、タロウくんという少年が亀の代わりに大きな鳥を助け、その背中に乗って竜宮城のかわりに雲の上のお城に行く話を考えたときは盛り上がりました。乙姫のかわりに雲のお城で待っていたのは、虹色姫というお姫様です。話をしているうちにこちらも乗ってきて、雲でできたお城なら、扉や部屋の中はどうなっているとか、ごちそうは何だとか、ロカちゃんと一緒に長湯も忘れて夢中になって話しました。二人で、本当に雲でできたお城に行ってきた気分になったのです。ロカちゃんもよほどそのお話が気に入ったのか、次の日「にじいろひめ」という絵本を一人で作って、僕をびっくりさせてくれました。頭の中にしかなかったイメージが、しっかり絵になっていて感激した瞬間でした。
 それからというもの、ますますわが家では、二人でヒマさえあれば、お話づくりを楽しんでいます。ロカちゃんによって、僕自身も鍛えられる日々なのです。

初出◆福音館書店 月刊「母の友」 2006年10月号
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注:「母の友」誌上では、佐藤直行さんという方が素敵な挿絵をつけて
くださいましたが、著作権の関係上ここでは文章のみ転載しています。

by iwaisanchi | 2006-12-07 14:42 | ◆岩井パパのエッセイ
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