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感覚のリセット―[9] 30年目の絵本
岩井パパです。
おかげさまで僕の絵本『100かいだてのいえ』は、とても好評をいただいていて、
発売直後から何回も増刷を重ね、僕も偕成社の担当さんも驚いています。
買っていただいた方、本当にありがとうございます!
特に宣伝もしていないのに、本屋さんで子どもたちが見つけ、
気に入ってくれるケースが多いと聞いて、それが何よりもうれしいです。
日本全国で、毎晩たくさんの子どもたちが100階まで登ってくれていると思うとドキドキします。

さて、今回は紀伊國屋書店のフリーマガジン「スクリプタ」9号に書いた絵本に関するエッセイをご紹介します。
『100かいだてのいえ』が出版されてしばらく経った8月頃に書いたものです。
以前、加古里子さんや田島征三さんの絵本について、このブログで書きましたが
このエッセイでは、安野光雅さんの絵本との出会いを中心に
自分の過去の絵本体験や、絵本についての想いをつづってみました。
読んでみてください。
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感覚のリセット― [9]

30年目の絵本

岩井俊雄

f0118538_953992.jpg 『100かいだてのいえ』という絵本を描いた。僕にとって初めての本格的な描き下ろし絵本である。それ以前に紀伊國屋書店から『どっちが?絵本』というシリーズを出してはいるが、これは娘と家でやっていた遊びをシンプルな絵本にしたもの。今回の『100かいだてのいえ』は、絵本の老舗出版社である偕成社からお誘いを受けて、まったくのゼロから長い時間をかけて描き上げた。
 絵本をいつか描いてみたい、と思い始めたのは、実はもう30年近くも前のことだ。高校生の頃、安野光雅さんの絵本に出会ったのがそのきっかけだった。それまでの僕は、マンガやアニメなど絵で表現する世界に夢中になってはいたが、絵本のことはまったく視野に入っていなかった。それが安野光雅の絵本に出会って衝撃を受けた。最初に見たのは『旅の絵本』だっただろうか。開いた瞬間、ページの隅々までびっしり描き込まれた緻密な絵に驚いた。さらに一つも文字がなく、読者自身が本当に旅するように自由に絵本の空間を楽しめる趣向に感動を覚えた。エッシャーに影響を受けたという初期の『ふしぎなえ』『さかさま』なども面白かったが、特にアルファベットを木製の不可能立体として描いた『ABCの本』には、こんなに美しい絵本があるなんて、と溜息をついた。美しいだけではなく遊び心に溢れ、随所に数学や科学のエッセンスがふりかけられ、絵本の中に不思議な空間が閉じ込められているようにさえ感じた。マンガやアニメにばかり気をとられていた僕は、気高さと実験精神とが見事に合わさった絵本という表現に不意にガツンとやられた気がした。安野光雅をきっかけに、尊敬と憧れをもって、国内外の絵本を読み漁り始めた。ビアトリクス・ポターや田島征三が僕のお気に入りになった。
 思えば幼い頃の絵本の記憶は強く残っている。4~5歳の時、福音館書店の『こどものとも』を時々買ってもらっていた。『だるまちゃんとかみなりちゃん』(加古里子)、『そらいろのたね』(中川李枝子・大村百合子)、『ごろはちだいみょうじん』(中川正文・梶山俊夫)などは、初めて読んだ当時のワクワクした気持ちが、今でもはっきりと思い出せるほどだ。本というものは面白い!と、生まれて初めて意識したのがこれらの絵本との出会いだった。ビジュアルの世界に触れる楽しさを、テレビよりも、マンガよりも先に教えてくれたのが絵本だった。
 高校で絵本に再度出会って刺激を受けた僕は、大学に入ってアーティストを志すようになった。絵本にはあいかわらず興味はあったが、自分の絵に自信がなく、ストーリーを作るのが苦手だったこともあって、よりアイデアや技術を全面に出せる映像の世界に飛び込んだ。絵本と違って、まだまだ未開拓の分野であったことも面白かった。そして自分なりにメディアアートという新しいジャンルを切り拓こうとした。
 10年ほど前、僕の個展を訪れたある絵本の出版社の方から、もし興味があれば絵本を描いてみませんか、とお誘いを受けたことがある。その人は、メディアアーティストの僕が絵本を描いたら、どんな絵本ができるだろうか、と純粋な興味で誘ってくれたのだった。僕も、かつて自分が憧れていた絵本に誘われたことはとてもうれしかったが、実際には何を描いていいものやらまったくイメージが湧かなかった。自分の仕事がようやく注目を浴びるようになった時期でもあり、メディアアートには明確なビジョンを持てた。しかし、絵本には憧れはあっても、自分がやるべき何かは見えてこなかった。憧れだけでは、絵本は描けないことを思い知った。
 それからさらに長い年月が経ち、2年ほど前、今度は偕成社の方から連絡があって、また絵本を描くチャンスがめぐってきた。10年前の記憶が戻り緊張はしたが、しかし今度は以前とは違う自分も感じていた。僕には娘が生まれ、娘との日々の遊びの中で、自分が子どもにできることを模索していた。同時に、テクノロジーやデジタルの限界も感じ始めていた。こうしたことが、僕に絵本を描く必然を与えてくれそうな気がした。
 しかし、いざ取り掛かってみると、そう簡単なものではなかった。絵本に自分にしかできないことは残っているのか。これまで避けていた、自分の絵のスタイルを作り、物語をつむぐことはできるのか。そうした疑問が一気に押し寄せてきた。悩みながら、迷いながら、ひとつひとつクリアしていく地道な日々が続いた。かつて憧れた先人たちの絵本には遠く及ばないまでも、自分らしいアイデアを詰め込んだ、子どもたちに本当に見せたい絵本を目指した。〆切を何度も延ばしてもらいながら、一年半かけてようやく完成に漕ぎ着けた。絵本が出版され、幸いなことに子どもたちや親からのうれしい感想が次々届き始めて安堵した。絵本というものは、子どもの手に直接届くメディアなんだ、と気がつきあらためて感動した。
 『100かいだてのいえ』を描き終わった頃、娘が通う小学校の先生に、この小学校にかつて安野光雅さんがいたらしい、と聞いた。慌てて調べてみると、安野さんが上京した初期に教員として勤めていたことがわかった。一つ絵本を描き上げたことで、30年の呪縛から徐々に解き放たれた気分になっていた僕は、偶然のめぐり合わせに驚いた。そして、かつて保育園と高校で僕に大きな影響を与えてくれた絵本に、今度は自分がお返しをする番かもしれない、と密かに思い始めている。
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初出 scripta no.9 (紀伊國屋書店)

by iwaisanchi | 2008-11-08 09:20 | ◆岩井パパのエッセイ
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