昨年11月、金子書房から発行されている
「児童心理」という月刊誌からインタビューの申し込みがありました。

なんとなく書店で見かけたことはあるものの、
名前の固い雰囲気もあって、一度も手に取ったことのない雑誌でしたが
昭和22年創刊(62年目)の、小学校の先生や小学生の子を持つ親向けの雑誌とのこと。
ちょうどロカちゃんの小学校での特別授業が終わったばかりだった僕は
その話も含めて、全国の先生たちが読んでくれたらいいなと思って、
インタビューを受けることにしました。
編集部の方にお会いすると、やはり小さなお子さんのいらっしゃるお母さんで
僕の話をとても共感して聞いていただけました。

今回ETV特集を見てくださった方にはタイムリーな話なので、編集部に許可をいただいて全文転載します。
ちょっと長いですが、興味のある方は読んでみてください。
特別授業の話は最後のほうに出てきます。
Interview Close up!
もの作りから広がる遊びの世界
子どもと一緒に考えて、一緒に何かを作ってみる。ほんの小さなきっかけがあれば、子どもは自由に発想を膨らませて自分の世界を作り始めます。
◎ゲスト◎
岩井俊雄
メディアアーティスト
アーティストとしての原点
――子どものころは、どんなことに興味がありましたか。
僕は四人きょうだいの末っ子で、三人の姉から少し年が離れて生まれた男の子だったので、親も特別目をかけてくれていたようです。いま考えると、両親は僕に対して、積極的に何かをさせようという思いが強かったのではないでしょうか。
五歳の誕生日に、両親が昆虫の図鑑をプレゼントしてくれました。当時、テレビはモノクロで、子ども向けの本も今ほどたくさんなかったので、カラー刷りの美しい図鑑はすごく嬉しかったんです。その昆虫の図鑑に夢中になって、すぐに親にねだって、動物、鳥、魚、交通、天文の図鑑などを次々と買ってもらい、それを縁側の戸袋みたいなところにこもって、暇さえあれば見ていました。そのせいで目が悪くなって、小学一年生からメガネをかけることになってしまうのですが、それくらい夢中になって読んでいましたね。ビジュアル的なものに対する貪欲さみたいなものがかなり強い子どもだったかもしれません。
それから1970年、僕が七、八歳のころに大阪万博がありました。あの万博に象徴されるように、日本全体が新しい技術や科学に夢をもって大きく発展しようとしていた時代、男の子の一人として、自然に理科や科学への興味が強まっていきました。両親に大阪万博に連れていってもらったことは、忘れられない記憶です。
――もの作りへの関心が芽生えたきっかけは。
小学三、四年生のとき、朝起きたら母に呼ばれて、いきなり「もう、おもちゃは買いません」と宣言されたんです。ほしかったら自分で作りなさい、と。突然のことでとてもショッキングな事件でした。
それでおもちゃを作るようになるのですが、父が母の宣言をバックアップして、週末になると「今日は何を作ろうか」と一緒になって作ってくれたんです。まあ、それまでおもちゃを買ってもらっていたのが、急に自分で作れと言って材料や道具を渡されても、普通できないですよね。一人で実現するのは難しいですよ。おもちゃ作りが長続きしたのは、一つには父が一緒にやってくれたというのがあったと思います。
ただ、母もそのときの思いつきや感情で言ったのではなく、この子にはこうしたほうがいいという何か強い考えがあったのだと思います。日ごろから僕のことをよく見ていたんですね。性格や興味の方向と全然違うことをやらせようとしても、おそらく効果はなかったでしょうから。
そのできごとが、今のアーティストとしての仕事や、娘と一緒におもちゃを作ったり、新しい遊びを考え出したりというライフスタイルにもつながっているので、本当に僕の人生を決める一言だったと言えます。
魅力的なおもちゃとは
――親子で楽しめるおもちゃ作品も手がけられています。
僕がアーティストとしてずっと取り組んできたのは、インタラクティブアートやメディアアートと呼ばれる、観客が参加できるタイプの作品です。作品と見る人との間で何らかのやりとりがあって、作品も変わってゆく、見る人もいろいろな視点をもてる、そういうことをアートの文脈の中でやりたいと、ずっと思っていました。
インタラクティブなものというのは、子どもにとっても魅力的なんですね。だから、紙に描かれたイラストよりも動くおもちゃの方に関心が向きやすい。僕自身、当時二歳だった娘を前にして、自分で触って何かが変化していくような楽しさを提供してあげたいと思ったんです。
でも、ふだん仕事で接しているコンピューターでそれをすることには抵抗がありました。画面の中というのは、触るといっても間接的。やはり子どもには折ったり曲げたりできる、たとえば紙や粘土のように直接触れられるものがいいと思ったんです。だけど、ただ絵を描くとか簡単な工作をするだけでは映像やゲームが氾濫する時代の子どもの興味を満足させてあげられない。僕個人としては、20年くらいかけて高めてきたアートの手法をわが子の前で使えないのは情けないという気持ちもありました。
そんな風に悩みながら思いついたのが「リベットくん」というおもちゃだったんです。
――どうやって遊ぶのですか。
リベットくんは紙でできているけれども、関節がリベット、つまり割りピンでつながれているので、形やパーツの組み合わせを自由に変えられます。それによって、まるでアニメーションのように登場人物を自分で動かしながら物語を膨らませてゆくことができる。ふつうのアニメーションだと、たいてい大人が作ったものを子どもが見るだけですが、リベットくんはキャラクターや小道具を追加したりして、子どもが自分の世界を自由に作れるんです。
実際、娘とリベットくんで遊び始めて感じたのですが、子どもというのは物語を紡いでいくのが本当に上手なんですね。娘にとってお人形さんごっこやままごとの中で自然と身についていたお話作りの世界と、僕が提供したリベットくんの世界がうまく混ざり合った。それは非常に面白い体験で、娘と向き合う自信につながっていったし、今こうして親子で楽しめる絵本を作ったりしているのも、この体験が大きかったと感じています。
一緒に考えて、一緒に作る
――既製品のおもちゃについてどのように思われますか。
手作りおもちゃを楽しんでくれる一方で、娘は既成のおもちゃにはすごく憧れがあるんです。だから、僕は、外からやってくるおもちゃに対抗心があるというか、逆にそれよりも面白いものをつくってやろうと燃えるような、そういう関係でもありますね。
子どもが心から魅かれるものには、理由があるわけで、そうしたおもちゃを極端に拒否するということはしません。せっかく今の時代を生きているのに、現代的なものを楽しまないというのも変な感じがするんです。ただ、子どもたちはゲームやアニメ、その他いろいろな刺激に日々さらされているので、放っておくと必要以上にどんどん入ってきますからね。僕が娘とおもちゃを作るのは、既製品のおもちゃも普通に楽しみながら、そればかりに偏らないようにバランスを取るという意味もあるんです。
それに、僕は商品を作る仕事にも関わっているからわかるのですが、既製品というのは、心あるものづくりがされる一方で、一人ひとりの子どもの感性を育てるというよりは、いかに安く大量に作ってそれを広めるかが優先されがちなんですね。そういうものの対極にあるのが、一つ一つその子のために、その子の興味の方向に寄り添いながら作られたものだと思うんです。
――手作りだからこそできることですね。
また、既製品との一番の違いは、一緒に考えて一緒に作るということ。親が何か作っていると、横で見ている子どもはその過程に興味が出てくる。自然と一緒にやってみたくなるわけですよ。
作る過程に子どもにも参加してもらうことで、よりその子の興味に沿ったものが作れるし、共有できるものも増えていきます。そうして作ったものには、買ってきたものとはまったく違う価値が生まれるんですね。自分たちが苦労した時間や考えたことが、そこに全部詰まっているのですから。
たとえば、紙を切って作ったおもちゃは、既製品と比べると本当にもろいものです。でも、自分たちで作ったものだから大事にしようという意識が生まれて、意外と壊れないんですね。
おもちゃ作りを通して、子どもはいろいろな経験をしながら成長していきます。既製品はよくできているけど、使い方を理解して一通りやってみたら、それでおしまい。だけど、自分たちで作るおもちゃというのは、それを作りかえたり、別のサイズや材料でチャレンジしたり、平面から立体に進化させたりと、自分でいくらでも世界を広げていくことができる、そういう良さがあって、閉じていないんです。
――娘さんとの作品作りでは、どんなことを大切にされていますか。
世の中に工作や遊びの本はいっぱいあるけれど、僕が見て、あまり面白いと思うものがないんですね。こういう言い方をしては失礼かもしれないけど、本から喜んでいる子どもの顔や、本物の子どもの存在感が想像できないんですよ。子どものものだからこそ、本当の意味で最良のアイデアとセンスを全部投入して、一番真剣にやらなければいけないのに、ちょっと手を抜いた子どもだましみたいな感じで作られたものが多い。
僕は子どもとの遊びとはいえ、作るものは美しくなければいけないし、世の中にある他のおもちゃよりも楽しい要素がなかったら、手作りする意味がないと思うんです。ものを作る醍醐味というか、どうせ作るのならいいものを作ろうという気持ちは、子どもにも伝わるものです。
子どもにきっかけを与える
――子ども向けのワークショップなどもされています。
先日も娘が通う小学校で三週間かけて特別授業をやらせてもらいました。昨年度からで、二年めになります。
校長先生に声をかけていただいたのが最初のきっかけだったのですが、僕自身もふだんから小学校に対して何かやりたいなという思いがありました。家に娘の同級生や近所の子たちが遊びにきて、わが家の遊びが他の子どもたちに広まっていくのを見ていて、いいなあと感じたんですね。それで、自分の娘から近所の子へ、そして小学校のクラスメート、さらには学年を超えて、自分なりのアイデアで子どもたちに何かできたらいいなと、勝手に考えていたわけです。
最初はキャリア教育の一環として六年生に話をするだけの予定だったのですが、娘がいる二年生のクラスでもやらせてもらったんです。そこで、皆でリベットくんを作る授業をしたところ、すごくいいものができた。そのとき、担任の先生が「子どもたちがこんなにできるとは思いませんでした」というようなことをポロッと言ったのが印象的でした。
それまで、家でのいろいろな遊びのなかで作ったものと、学校の図工の授業で作ってきたものとが何かかけ離れている感じがあったんです。学校の勉強というのは、基本的に子どもたちが到達すべき目標があって、それに向かって覚えたり習ったりするわけですよね。国語や算数だけでなく、図工の授業も意外とそうなりがちなのかなと思いました。
――どうすれば子どもの創造性を引き出すことができますか。
リベットくんは、紙と紙がリベットでつながっているだけのとてもシンプルなものです。でも、アイデア次第でそのシンプルな仕掛けを使ってなんでも作れることが、子どもを夢中にさせます。ただし、いきなり紙を一枚渡して「作ってみて」と言ったら、子どもたちは戸惑うと思うんです。子どもが興味を持つような、サンプルを最初に示してあげることで、ああ、なるほど、こうつなげば動物も人も車も作れるんだと、いろいろな可能性がおのずとわかるようになる。
実際、90分の特別授業の中で、子どもたちはすごくいろいろなバリエーションを作ってくれました。面白いきっかけや仕掛けが一つあれば、子どもたちは自由に発想して作品を生み出してゆくことができるんです。
――特別授業を通して、そのほかにどんなことを感じましたか。
昔も今も、子どもたちの興味の持ち方や面白いものに食いついていく感じは変わっていない気がしました。ただ、僕たちのころは、野山を駆け回ったり、何か作ったり、体同士のぶつかり合いといった遊びしかなかったのに比べて、今はテレビなりゲームなり、世の中に面白い物があふれていますよね。そうした現代の子どもたちの興味を、学校の授業ではどこまで満たすことができているのかなと感じます。
僕が特別授業の中で意識したのは、絵を描いたり、工作させるにしても、今の子どもたちのゲーム的、デジタル的な感覚を満足させる要素をスパイスとして振りかけられないかということでした。たとえば、チームワークで何かを作りながらもグループごとに競い合う要素を入れたり、動きや音の要素を加えたり。そうしたプラスアルファを心がけたら、子どもたちはとても楽しんでくれました。
――子どもたちにどんなメッセージを届けられたと思いますか。
校長先生が僕に白羽の矢を立てたのは、PTAで、僕が子ども時代に好きだったことが広がって、大人になってからの仕事につながったという話をしたのがきっかけだったんです。今の子どもたちは小学生のうちから中学受験などで追い立てられて余裕のない状況にある。だけど、実は彼らが好きな、たとえばサッカーだとか釣りだとか、そういうことが大人になったときの彼らの仕事に結びついていくかもしれません。
僕は子どものころに好きだったことが、結果的に趣味として終わらずに仕事になった。でも、それは偶然ではなくて、僕が自分でそうしようとしてきたということが大きい。自分のやりたいことをいかに好きにやるか、工夫を繰り返してきたからなんだ、ということを話しました。楽しく仕事をするという状況を、みずから作り出してきたんだということを伝えたかった。子どもたちも何となくわかってくれたのではないかと思います。
子どもを伸ばす親のかかわり
――子どもの可能性を育むために親ができることは何でしょうか。
お父さん、お母さん方から、「私は絵が下手なのですが、どうしたらよいでしょう」という質問を受けることがあります。僕は二つの考え方があると思うんです。
一つは、やはり子どもが作るものは素晴らしいということ。親は最初の一歩だけを提供してあげたらいい。僕の両親も、自分たちがセンスよくものを作ってお手本を見せる、というのではなかったけれど、強硬な方法できっかけを作ってくれた。ちょっと火をつけてあげれば、子どもは好きに自分の世界を作り始めるんです。まずは、上手下手関係なく、尻込みせずに何か一つ絵を描いてみることです。子どもは親が作ってくれるというだけですごくうれしいものなんです。
もう一つは、それぞれの親に得意なこと、好きなことってありますよね。僕はたまたま工作が好きで、自分もやりたいからやっているのですが、料理なら料理、スポーツならスポーツ、何でも自分の好きなことをやればいい。そうでないと長続きしないですしね。とにかく、大人がどれだけ真剣に何かを楽しんで生きているかというのを子どもに見せてあげることが大切だと思います。
親が子どもに望むのは、すごく偉い人になるということではなく、充実した楽しい人生を過ごしてほしいということですよね。子どもの人生はもうすでに始まっている。そう考えると僕は、今ここで子どもも親も楽しまなくてどうする、という気がするんです。
(終わり)
岩井俊雄(いわい・としお)●1962年生まれ。1985年、筑波大学芸術専門学群在学中に、第17回現代日本美術展大賞を最年少で受賞。その後、観客が参加できるインタラクティブな作品を発表し、注目を集める。テレビ番組『ウゴウゴルーガ』、三鷹の森ジブリ美術館『トトロぴょんぴょん』や、ニンテンドーDS『エレクトロプランクトン』、音と光を奏でる楽器『TENORI-ON』なども手がける。2007年、NHK教育の幼児番組『いないいないばぁっ!』でリベットくんを使ったオープニングアニメーションを担当。現在、二人の娘の父親として、書籍やブログを通して親子の創造的な関係を広めようと精力的に発信している。
ブログ〈いわいさんちweb〉http://iwaisanchi.exblog.jp/
(児童心理 2009年2月号 No.890/金子書房 より転載)